クラシックギターの巨星 フランシスコ・タレガ

こんにちは。
今回は「クラシックギターの巨星 フランシスコ・タレガ」というタイトルで書いていきます。

「クラシックギターがある程度弾けるようになった、中、上級者の方にとっての憧れのレパートリーは?」という質問において、上位にくる曲の一つとして「アルハンブラの思い出」があります。
全編に「トレモロ奏法」を使ったとても繊細かつロマンチックな名曲です。
ギターの事をあまり知らない方でも、この曲の出だしを弾くと、「その曲知ってる!」「すごくいい曲!」などの反応がかえって来ます。

私もレパートリーにしています!

そして、この名曲を作曲した人が
「フランシスコ・タレガ」です!

正確には
「フランシスコ・タレガ・エイクセア」(Francisco Tarrega Eixea)

タレガは1852年11月21日にスペインのバレンシア州、カスティリョンのビリアレアルという町で生まれました。
タレガの家庭は裕福ではなかったようです。
タレガは生まれてまもないある日、子守として雇っていた女性に、溝に投げ込まれるという辛い経験をしています。
命は取り止めたましたが、これが原因で生涯眼病に悩まされたそうです。
タレガの父は病弱な息子にピアノを習わせました。(ピアノの先生は盲目だったそうです)
後に、ギターも他の方に習いました。
ここでタレガのギターの才能が開花したようです。資料によると、すぐに教える課題曲がなくなったそうです。

さらに当時、名ギタリストとして名前が売れていた「フリアン・アルカス」(Julian Arcas)の演奏を聴いた事が後の人生の分岐点でした。
アルカスの演奏に圧倒されたタレガはアルカスに自分の演奏を聴いてもらいました。アルカスはタレガの素質を認めアルカスのすすめでバルセロナに勉強に行きました。
しかしタレガはカフェでギターを弾き小遣いを貰うような生活をしていました。
しかし22歳の時念願のマドリッド音楽院に入学しました。タレガの成績は抜群だったそうです。
卒業後、マドリッドで公式の演奏会を開き大成功しました。
演奏と作曲もこなし作品数は400曲と言われています。(大部分は未出版)
1909年12月15日バルセロナで亡くなりました。享年55歳でした。

タレガ奏法

*幼少からピアノを習っていた為、ギターに偏らない作曲法も習得していますした。(幅広い音楽性)

*足台をきちんと使って現代のフォームを確立しました。

*右手のaの指を重要視しました。
*アポヤンドも重要視しました。

*タレガは基本的に爪を使っていましたが晩年は爪を使わない奏法に切り替えました。

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